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パラリンピックを見ていて、今、思うこと。

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営業自粛で夜は早く帰って来られることもあって、パラリンピックを見ています。
車椅子バスケットボールや車椅子ラグビーが凄い。
正直言うと女子車椅子バスケなどはもう少しアマチュア感があるのかと思っていたけど、全然違っていて見入ってしまう。
何というか考えてみれば当たり前なんだけど、レベルの高さレベチな印象を受ける。
見ていて興奮するし楽しい。
アマチュア感があるのか、と思っていた自分が情けないというか申し訳ない。

水泳競技も凄い。

最初の頃は、ハンデのある体で頑張っていて凄いなぁ、この努力は半端じゃないなぁ的なことを感じたが、ここの所は感じ方もだいぶ変わってきた。
障害が云々と言うより、アスリートが一流になるために努力を積み重ねた結果のパフォーマンスは、見ていて気持ちを鷲掴みにされるような迫力がある。
ハンデや障害があるけど頑張っていると言うのとは違い、ただ本当に頑張っていて、その結果自分の限界に挑んでいて、限界だと思っていたことがどんどん更新されて行っているんだろう、努力を積み重ねる前とは違う自分になっているんだろうという。
どうも何だか上手く言えないけどそんなことを感じるようになって来ている。

以前、「目の見えない人は世界をどう見ているのか。」という本を読んだことがある。
目が見えないなど元々の障害がある人は、4本脚の椅子の1本が無くなった状態なんじゃなくて、元々脚が3本の椅子のようなものなんだ、というような事が書かれていた。
だから途中から障害を持った人と、元々障害を持っている人とは、感覚的にも違うと言うようなことが書かれていたように記憶している。
そうか、そうか、そうか、と思いました。
しかし、自分には3本脚の感覚はある程度想像は出来るけど、分かっているとは申し訳ないけど言えない。
ひょっとしたら、逆に今の自分の感覚と同じようなことなのかもしれないとも思ったりもする。
でも、軽々にそんなこと口にしない方が良いのかもしれないなとも思う。

もう一つ。
パラリンピックはカテゴリー分けがかなり沢山ある。
カテゴリー分をすることで、一人一人の持っている特性に合わせた試合が出来ることになる。
オリンピックだと体重別の対人競技(柔道、ボクシングなど)がそうだけど、記録を競う競技ではそうはなっていない。
パラリンピックのカテゴリーを見ていると、例えばオリンピックや他の世界大会でも身長200センチの人と180センチの人が走高跳びの記録を競うのってどうなの?と思ったりする。
本当にフェアなんだろうかと思ったりする。
オリンピックの大きなカテゴリーとしては、男性女性と言うことになるんだろう。
それだけのカテゴリー分けで良いのかどうか。
競技で何を競うのかと言う本質的な問題まで考えたりしてしまう。

陸上競技も待ち遠しい。
今大会はひょっとして走り幅跳びでオリンピックの記録を抜いてしまうかもしれない選手がいる。
日本人選手も車椅子や跳躍関係で素晴らしい成績の選手のことを聞く。
最後まで怪我なく競技を全うしてもらいたいと思う。

 

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