整体学校・スクール 東京/名古屋で整体師になるなら|てあて整体スクール » 院長ブログ » 整体スクール » 整体師として考える練習 ① 〜 人間と言う自然

整体師として考える練習 ① 〜 人間と言う自然

読了までの目安時間:約 4分

インターネットの功罪については色々と書かれてますね。
何かを調べるにはとても良いツールですが、あることないこと、たまには無いことないこと書かれていたりする事があると言うのは知っておくべきでしょう。


養老先生は今の世の中(かなり昔からの)は脳化された、あるいは都市化された世の中だと言いました。
そこでは人は人工物を作り出し、人工物の中で生きている。
「ああすればこうなる。」(と思っている)世の中だという事です。
"想定されていることが""起きるはずだ"と思われている世の中。
そうなると自然のものは困る。
想定外だからです。
ああすればこうなると言えないもの。
例えばゴキブリ。
たいて害のないものがチョロっと出ただけで大騒ぎする。
今なら豊洲市場の匂いの問題やその他諸々のこと。
また、人の死や生まれる事や病気や老化など、自然に起こる事があるとこれも困る。
だから一般社会と隔離する。
人が死ぬ事も生まれる事も病院の中に押し込んでしまった。
そもそも人が死ぬ事や生まれる事は自然な事であったはずなのに、病院の中に押し込んでしまった。
見ない事にする。
普通じゃない事にする。
死んだ後はお墓に入る訳ですが、最近は街中にはお墓はない。
社会とは離れた場所に作られます。
アンチエイジングなんてのは老化をない事にしたいと言う現れなんでしょう。


ちょっと外れました。


何が言いたいか。
人は自然だという事です。
自然な人間には想定外のことや予定外の事が起きます。
そんな時、インターネットで得た情報だけでは対応できない事があります。
と言うか情報だけでは対応出来ない。
人間はああすればこうなる存在ではない。


ついでに言えばインターネットのもう1つの問題です。
ものを考えなくなる。
インターネットを使うと多くの情報を瞬時に得られます。
情報量が多くなると人は何かを知った気になります。
沢山の情報を集めると何かを分かった気になります。
いや、確かに知ったり分かったりする。
でも人間は知って分かったことのように反応しない事があります。
そこで問題になるのは、考えること。
自分の頭で考える。
考えるのは自分なんだから当たり前だろうと思いますね。
でも自分の言葉で自分の頭で考えるのは実は大変な事です。
今考えているこのことが、誰かの考えをなぞっているだけかもしれない。
昨日読んだ記事に書いてあったことかもしれない。
それを鵜呑みにしているだけだったら。。。
その上、知っていること分かっていることと、出来ることは別です。


こんな患者さんが来たらこうすれば良い。
それは自分で考えた事なのか。
こんな、から、こうすれば、の間の考えの流れは自分の頭の中にあるのか。
そうでないと、目の前で起こる想定外のことに対処出来ません。
患者さんは実は常に想定外ですから。
その上、知っている分かっている手技を、自分が使う事が出来るのか。
そう言う手や体は出来ているのか。


整体師として。
考える練習。
手を使う練習。
1つ1つやっていきましょう。


胸椎調整

 

この記事に関連する記事一覧

コメントフォーム

名前

 

メールアドレス

 

URL

 

 

コメント

トラックバックURL: