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人生は意味ではない。 だから物語が必要なんだろう。

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人生は意味ではない。
だから物語が必要なんだろう。

障害者施設津久井やまゆり園での大量殺戮事件の犯人は、コミュニケーションが取れず自分の力で生きていけない人を心失者と呼び、生きる価値がないとし、世の中からいなくなってしまう方が世の為になると、事件の動機を語っていた。
これについてどう考えるのか。
この事件の問題の根深さは、異常な考えを持った者の凶行と言えない部分にあるように思う。
正常に考えた結果、それに近い考えになる人が、少なからずいるのではないかと、とてもとてもとてもとても危惧している。

意味や価値がある者が生きると言う考えは、根本的な間違いがある。
哲学者の故池田晶子さんも言っているように、生きているという事は意味や価値ではない。
そもそも意味や価値ではない事を、意味や価値で計ろうとするのは根本的な間違いである。
そこには金や意味や価値でしか、物事を判断出来なくなった現代人の浅はかさが滲み出ているように思う。
また、そう言った方法で判断をしなければ不安になるという悲しさもあるように思う。
また、つい最近はある種の人々を生産性がないと切り捨てようとした"国会議員"がいた。
これに対して彼らは生産性がない訳ではないと言う反論があったが、これも事の本質を見誤っているように思う。
人生は経済活動ではない。

意味や価値ではない人生を生きる為に、人は物語を作るのかもしれない。
因果や原因結果や機序や。
それがないと不安になるんだろう。
思考や意識の発達した人類の悲しさなのかもしれない。

人類は彼が意味や価値がないと切り捨てようとしていた人たちを、積極的に生きられるように社会を発展発達させてきている。
生産をしない出来ない者でも生きられるように、生活弱者でも生きられるように。
これは人類の意識の下に通底する、生存戦略上の方策だろうと思う。
種としての人類が生き延びるために社会を作り発展発達させ、そのことで多くの人類を生き延びさせられる社会を作る。
多様な人類にとって生きやすい社会を作ることが同時に、人類の多様性を担保する。
意識とは別に種としての方向性がそこにあるように思う。
個人の意識が人類共通の意識の下の大きな方向性と齟齬をきたし始めているのではと危惧する。
と生産で語ってしまったが、人生は生産でも生産性でもない。
人類のために、あるいは何かのために人がある訳でもない。

ご両親や家族にとって彼らは生きていて欲しい存在で、生きる価値や意味があるのは自明だ。
その事とは別に犯人の考えが根本的に間違っているという事に気がつかない人が増えているのではないかと、とてもとてもとてもとても心配だ。

 

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