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夏の闇

読了までの目安時間:約 5分

開高健さんの「夏の闇」を読んだ。
読むのは3回目だったかなと思って読み始めたら、100ページ目くらいに来てこの本は読了していないなと思い始め、そのまま読み進めていくと、やっぱり読んだかもしれないと思い始め、最終的には通して読んだことがあるのかないのかが分からなくなってしまいました。
読んだようでもあり最後までは読んでいなかったようでもあり。

20年くらい前の一時期、たぶん10年くらいの期間、開高さんにはまった時期があって、続けて彼の本を読み漁った時期がありました。
小説だけでなく、「オーパ」のシリーズなど釣りの話や、言葉の断片を集めたアフォリズムと言ったもの、エッセイなども読みました。
言葉が圧倒的で、特に小説での表現はとにかく独特。
普通の小説や文章で使われているようなものではなく、例えば「悲しい」という感情を表すのに、悲しいと書かれることは多分ほとんどなく、天気の表現だったり朝ベッドから抜け出るまでの表現だったり、立って何かを取りに行く時の足裏の感覚や脚の進め方だったり。
その時の空気感や音や匂いや肌触りなどなど。
積み重なり折り重なって見え聞こえ感じられるものが表現されることになります。

「夏の闇」のストーリーは大したことがありません。
男と女が出会って、場所を変え、最終的には分かれる。
ただそれだけのことです。
ところがそこでは、女や男や食べ物や釣りや戦争が表現されます。
女と食事が書けたら一人前と言われているが自分はまだ半人前、みたいなことをどこかで書いていましたが、女と食べ物と釣りと戦争を描くことで、自分の表現を残したいと思ったのではないかと思う部分もあります。

彼に嵌っていた頃、小説の面白さもさることながら、アフォリズムなどで書かれている一言一言にもグッと来ていました。
有史以来、既に殆どのことは書かれてしまい、小説家が新しく書くことは残されていないんじゃないか、だから今後残っていくのは「文体」なんじゃないか、と言うようなことを書いていたのを記憶しています。
そういう意味でも「文体」に挑んでいる部分も感じます。
とは言え文体だけではもちろんない。
女や男や食事や釣りや戦争を言葉で表現することで、言葉で空気感や肌触りや感情の揺れなどを表現しているように思いました。
少なくとも自分が読んだことのある小説では、こういったタイプの表現をされているものは一つもないように思います。

一つだけ少し気になったことがありました。
20年前の一時期に彼の文章を読んで思っていたのは、こういう大人になれたら良いなということでした。
自分自身の子供さかげんが気になり、世の中にはこんな大人がいるんだろうか、もしなれるものならこういう大人を目指したい。
それは、幾つかの小説を読んでいて、ストーリーとは関係なく、こういう重厚な折り重なった深い考えや表現が出来る人間になりたいと思っていました。
それが、今回読んでみて、少し子供っぽい印象を受ける部分がありました。
こういう大人になりたいと、作者自身が思っていたのではないか。
小説は作者がたぶん40代に書いたものだと思います。
以前、遺作となった「珠玉」を読みました。
その時は自分は30代。
今回もう一度「珠玉」を読もうと思います。
彼が60代後半に書いた作品です。
20年以上前に読んだ時は、開高さんにしては面白くないと思った記憶があります。
内容は全く忘れましたが、ナンデこんな作品書くんだろうと思った記憶があります。
その印象がどう変わるのか、楽しみです。

平成生まれの人が読むとどんな感想になるんだろうと思います。
ただのエロ小説じゃないか、って人もいるかもしれない。
文章が重厚すぎて読みずらいという人もいるかもしれない。
ゼンゼン面白いという人もいるんだろうか。
昭和の時代、アナログでマニュアルでリアルしかなかった時代の小説です。

 

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