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力を抜くのは難しいのか。

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「力が抜けないんですよね。」
よく聞きます。
つい力が入ってしまって、なかなか抜けない。
知らず知らずのうちに力が入っている。
自然に力が入っている。
知らないうちに入っていしまっていた力を、気が付いてから抜くのは難しい。
気が付く前に入れないように、または気が付く前に抜くのは難しい。


まあ、そうです。


でも、良く考えると不思議でもあります。
力を抜くというのは、力が抜けた状態になるというこですね。
力が抜けた状態というには、つまり力を入れていない入っていない状態です。
つまり、何もしていない。
ようするに。


何もしないのは難しい。


と言っているということです。
まあ、それはそうです。
何もしないことは実は難しい。
でもよくよく考えてみると、やっぱり不思議でもあります。
何もしないんだから。
何かやろうとして上手くいかないってことはありますが、何もしないんだから。
何もしないのに、その何もしないのが難しい。
不思議です。
これたぶん人間だけの悩みなんじゃないかと思います。


何もしないのがどうして難しいのか。
一つには意識があるということだと思います。
そして意識下の自律的な生命活動もあるということです。
そして習慣的な使い方てのがあるということです。
何もしないのが難しいのはたぶん、知らないうちにいつものように(習慣的に)やってしまっていることは、意識下の働きでやっていることなので、意識の上で考えていなくてもやっていることです。(例えば力を入れている。)
ようするに知らないうちにやっている。
その知らないうちにやっていることが習慣的な使い方となって、いつもの使い方になっている。
そうすると、その使い方は何かをしている感覚がない。
つまり、力を入れている感覚がない。
あるいは入れようとしてしたこととは考えにくい。
意識上にも上りにくい。
例えば、普段立っている時に、どこかに力を入れているという意識はあまりないでしょ。
でも確実にどこかに力は入っている。
その、知らないうちに意識下の部分で入っているあるいは入れてしまっている力や方法は、意識上にはないんだから抜きにくい。


もう一つ。
何かをする時に、意識的にする習慣というのもあるのかもしれない。
何かをする。
これは意識の上でやっています。
「する。」という意識を、自分の中で確認するために、使っている何かがあると確認しやすいというところもあるかもしれません。
だから、力を抜くのに、力を使って何かをして抜きたい。
でも、良く考えてみると、論理矛盾がありますね。
力を抜くんだから。
力は使わなくて良い訳です。
でも力を使わないと、やった感がない。
何かをしている感覚がない。
自分でやったような気分になれない。
だから、難しいと。
もし、力を抜くことが出来たとしても、自分でやったように思えないし、それは自分がやったことではないように思えてしまう。
すると、力が抜けているのに、いやいや違う、こうじゃない、そうじゃないんです、力を抜きたいんです、でも今のは勝手に抜けただけなんです。
みたいなことですかね。
そこが許せれば良いように思いますし、許すと言うよりそれも自分のしたことですから。


禅問答のようですかね。
アレクサンダーの先生のつっこみはなしでお願いします。
荒木が頭の中で考えていることです。
患者さんやクライアントさんや生徒さんに、話をする時のために、思考練習をしておりました。


空

 

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