呼吸法
10年くらい前から呼吸についていろいろと考えている。
たまに実践したりもしているが、これが良いという方法にはなかなか巡り会えない。
そもそも「呼吸法」という言い方に問題があるような気がしている。
呼吸は自律神経系でも脳脊髄神経系でもコントロール出来る。
基本的には自律神経系のコントロールで、寝ていても呼吸をしているのはそのお陰だ。
自律神経系のコントロールは知らないうちに出来ている、何もしようとしていないのにしている、と言うところがポイントで。
だから、意識的に自律神経系を何とかするのは難しい。
だって無意識の話なんだから。
呼吸は基本は自律神経系のコントロール。
だとしたら、何かをする”方法”としての呼吸法と言ってしまうと、そこで自律神経系の話ではなく脳脊髄神経系の話になってしまう。
無意識の話じゃなく意識の話になるってことね。
つまり、何もしなくても出来るようになるために何かをする、と言うことになり、最初のところで何もしないが出来なくなる。
ちょっとややこしいですけど、そう言うことです。
吐く息に意識を向けましょうというのは、意識を向けるだけで吐く息をどうこうしようと言うことではない。
でもつい吐く息を吐こうとしてしまう。
それだと無意識ではなくなってしまって、元も子もないという話。
結局、呼吸は「あり方」につながるんだろうと思う。
自分がどうあるか、自分の状態がどうなっているか、そこをコントロールする。
最近、何となく思うのは、息を吸ったり吐いたりする時の最終域の問題。
例えば息を吸っている時なら、息は体に入って来ているんだけど、その最終域でこれ以上入らないというところを意識的に決めてしまうと、呼吸が出来ないということ。
どこまで息が入るのか、最終域で入ってくるのを止めない。
逆に息を吐いている時は、最終行きで出ていくのを止めない。
それが出来れば、呼吸は上手くいく。
いや、この書き方だと少しニュアンスが違う、それが出来ればではなく、そうなっていれば呼吸はうまく行っている。
という感じがする。
呼吸についてはたまに言葉にしておかないと、何が何だか分からなくなることがあるので書いておきます。
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