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20年やってみて失敗したと思った事

読了までの目安時間:約 3分

来月で整体院をオープンして20年になります。
20年やってみて失敗したなと思うこと。
考えてみるとそんなにはありません。
ものすごく失敗したと思うことは今のところない。
でもまあちょっと予想と違ったなと思うようなことはあります。

先ず本当に全部やらなければいけない。
これはまあ分かっていたことですが、全部自分でやらないといけない。
当たり前ですね他に人がいませんから。
面倒くさがりの荒木としては、これが地味に気になる時がある。
1日のルーティンで言うと、整体院に来て掃除、整体をする、ブログを更新する、ホームページの内容を見直す。
週に一度は売上金を入金して新札の釣り銭(札)を用意する。
月に一度は毎月の経費をまとめ売上と一緒に経理ソフトに入力する。
支払いが必要な先には振り込みをする。
宣伝広告については常に頭にあって、ブログだけでなくインスタグラムやツィッターやFacebookなどの更新、SEO対策(検索エンジン最適化)やMEO対策(グーグルマイビジネス対策)、看板やチラシや名刺。
ブログやホームページやチラシのデザインのことも考えたり、情報を収集したり。
年に一度の決算は会計士に任せてますが、会計士との打ち合わせなど。
そして資金繰り。
これは毎日ですね。
前にも書きましたが、今の売上が続くと3ヶ月あとにはどうなっているか半年後にはどうなっているか。
お金は足りるのか。
毎月末や月次の支払いや引き落としもです。

資金繰りというかお金のことについては、こんなに毎日考えるのかというのは予想外でした。
人によって違うのかもしれませんが、私の場合は毎日考えています。
真剣に考えている時もあるし、何となく考えれば良い時期もあります。
売上が良ければ何となくで良いんですけどね。

あとはそんなにないのかな。
失敗したぁと思うほどのことはないと思います。
収入面はもうちょっと欲しかったと思うこともありますが、まあ息子も大学を出したし、今のところ何とかやれているのでOKなのかと思っています。
少なくとも今までは失敗じゃない。

まだ20年なのでこれからどうなるかは分かりません。
70代でバズるかもしれないし、廃業なんてこともあるかもしれない。
辞める時までわかりません。

あっ失敗談は沢山あります。
それはまた別に書きます。

20年やって来て気が付いたこと分かったこと

読了までの目安時間:約 5分

来月で整体院をオープンしてから20年経ちます。
サラリーマン生活を20年、独立して20年です。
20年一人でやってみて気が付いたことってなんだろうと考えてみました。

最初に思いつくのは、意外に何とかなるということです。
開業当初から順調に業績を伸ばしてここまでやって来たなんてことは、もちろんありません。
けっこう厳しい時期もありました。
今だってコロナ禍で影響がないわけではなく、色々と大変といえば大変です。
でも何とかなった。
それは特別だと言われるのかもしれません、ラッキーだと言われるかもしれませんが、でも何とかなるもんだなぁと思いました。
売上が良くなくて預金残高もびっくりするような金額になって、借入をしたこともあります。
借入をやっと完済しそうになったら、また同じようなことになって追加借入なんてこともありました。
今だって残ってます。
でもまあ何とかなってます。
成功する秘訣は成功するまで続けることだと聞いたことがあります。
そんな訳ないと思いますが、そんな風なイメージがないわけでもありません。
これからも何とかなるもんだなと思って続けられたら良いなと思っています。

世の中には色々な人がいるもんだというのも分かったことです。
本当にいろんな人がいます。
患者さんだったり整体仲間だったり。
整体スクールの生徒さんだったりダンス仲間だったり。
自分とは全く違う価値観や環境で生きている人がいます。
20年サラリーマンをやりましたが、サラリーマンはやっぱり根本が似ていました。
今はどうなんだかわかりませんが、同じ会社で働いている人は少なくとも同僚なら金銭感覚が大体同じです。
自宅から通っている独身と一人暮らしの独身ではちょっと違うこともありましたけど、でもそんなに全く違うということはありませんでした。
でも、患者さんの話を聞いているとかなり違います。
てあて整体院に来る方達なので、体にかけるお金の基準という意味で金銭感覚は似ているところもありますが、でもやっぱり違う人がいます。
物事の捉え方も見方も、判断の方法も基準も違います。

ちょっと似た話になるかもしれませんが、サラリーマンと一人で仕事をしている人の感覚が随分違うというのにも気が付きました。
これは言葉では上手く言えませんが、かなり根本的なところが違う気がします。
その違いに気づくのは独立して10年くらい経ってからだと思います。
自分自身が変わったんだと思います。
具体的にどう変わったのか言えませんが、変わったのは確かだろうと思います。
何とかなるもんだ、というのもその一つかもしれません。
サラリーマンの時は、上手くいくか上手くいかないかそれが問題だみたいな感覚でしたけど、今はそんな二者択一的な考えではありません。
まあ何とかなるかな、何とかしなきゃ、いやどうなったところで何とかなっただけか、みたいな。
書いていても良くわからないですけど、その良くわからないことがあるんだってことを体感したみたいなことでしょうか。
恵まれたサラリーマンだったからかもしれないですね。

意外なことがお金になるというのも知りました。
具体的に書くとちょっとアレなので書きませんが、自分で調べても分かるんじゃないかと言うようなことでセミナーをやっても意外に集まることがありました。
自分だったらもったいないから自分で考えようと思うようなことでも、教えてもらいたいと言う人がいるものです。

あとこれは仕事とは関係のないことかもしれないですけど、昔思っていたほど60代は年寄りじゃないなと言う事は、最近知りました。
ちょっとこれ不思議なくらいです。
ま勘違いなんでしょうけど。
でも、そのお陰で老け込んだりせずに居られるのは、ノーテンキなのも良いかなと思います。

まだあるような気がしますけど、今日はこれくらいで。

まだまだ若いものには負けない

読了までの目安時間:約 2分

まだまだ若い者には負けない。

とは思いません。
整体にしてもダンスにしても。
20代30代の人たちは素晴らしい。
もちろん素晴らしいけど、我々世代とは素晴らしさの内容が違う。
だから比べようがないと思っている。

たまに言う例えですけど、蕎麦とうどんとどっちが旨いかみたいな論争になります。

好きか嫌いかと言うだけで、どちらも旨いしどちらも不味いこともある。
だから50代60代たぶん70代になっても、それまでやって来た事は若い世代と比べられないものになっていると思う。
IT関連だったり新しく技術革新が進む業界や仕事だと、まだまだ若い者に負けないと思っていたら、それは多分間違いかもしれない。
分からなくなっていることが分からないだろうから、勝負はしない方が良いように思う。
いや違うか。
それでも同じことが言えるかもしれない。
どちらにしろ、比べようと思っても比べられないものを比べると、あまりよろしくない事になると思う。

老害ってのもそうだろうと思う。

自分には経験があり知識があり知恵もある。
数々の失敗もして来たし成功もしてきた。
だから、今、君らのやっていることは違うんだ。
そうじゃないんだ。
きっとこうなってしまう。
と思ったら、それは多分老害。

世界は世代によって違うし、同じ世界を生きているなんて思うのは間違いだろうと思う。

自分の仕事をしたら良い。
人のことにあれこれ言う必要はないと思う。
自分が好きで良いと思っていることを続けさえすれば、年代に関係なく若い人だって気に入れば話を聞きにくるし取り入れもするだろうと思う。
気に入られなかったところで、自分の好きなことを自分の好きにやっているだけのことで、結果は普通に出るでしょう。

まだまだ若いものには負けない、とは思わない。

ボキャブラリー

読了までの目安時間:約 3分

昨夜、ダンサーの患者さんと話をしていてインプロビゼーションの話になった。
インプロビゼーションとはダンスの一つのジャンルというかスタイルで、即興のこと。
事前に振付を考えずに、音楽や音に合わせて体を動かすこと。
夏くらいから地区集会所を借りてストレッチしたり、インプロをして録画し個人のインスタグラムのストーリーズに上げたりしていると言う話をした。(荒木の事です。)
ストーリーズなら一日で消えていくし、一応、記録として動画も残るのでやってみている。
そうやって自分のダンスの現在を確認しています。
毎回、違う曲を流して、それに合わせて体を動かしていると、だんだんと似たような動きが出てきてしまう。
音楽は違うのに似たような感じになる。
という話をしていたら、そうですよねそうなんです私もそうなっちゃいます。
と件のダンサーも頷く。
やっぱりたまにインプロビゼーションで動く練習のような楽しみのようなことをしているらしい。

ボキャブラリー

ダンスをやっていて色々な動きの引き出しのことをボキャブラリーと言ったりする。
動きだけでなく発想のことも言うことがあると思うが、多くは動き。
ジャズダンスやクラシックバレエ、ヒップホップやハウス、ポッピングやエアロやアクロ、コンテンポラリーダンスやコンタクト。
あまりインプロビゼーションのイメージはないですが、社交ダンスやアルゼンチンタンゴ、ベリーダンスやフラダンス、日舞などなど。
本当に沢山の種類のダンスがあり、最初に始めたダンスの種類にボキャブラリーが引きずられることがある。
と言うか自分のことを思えば、ジャズダンスやバレエ、コンテンポラリーダンスに引きずられていると思う。
発想が狭い。
いろいろ試してはみているが、見たこともない動きは中々出てこないものです。
以前、大駱駝館の麿赤兒さんが、今まで誰も経験したことのない動きを探したい、と言うような主旨のことを仰っていた。
全くレベルが違うが頷いてしまうことです。

しかし知らないことを探すって面白いですね。
ことに自分の中にある知らないことが出てきた時は本当に面白い。
最近はそんなことをやっています。

東京2020オリンピック開会式

読了までの目安時間:約 2分

7月に東京2020オリンピック開会式にセレモニーキャスト(ダンサー)として参加しました。
数日前に事務局から写真データが送られてきました。
3639枚。
自分が写っている写真を探すのに2時間以上かかりました。
懐かしいなぁと思いつつ選びました。
他にもありますが、少しだけ。
自分が写っているものしか出せないんですが、少しはバックヤードの雰囲気が分かるかもしれません。


tokyo20201

tokyo20202

tokyo20203

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本番当日の写真です。
荒木はオープニング後の木造の五輪モニュメントと竿燈のパートで帽子と茶色のセットアップの衣装で出ていました。
そして開会式最後の方で今回のエンブレムを創るパートでウィックと白い衣装で出ていました。
最後はお世話になった平原さんを胴上げしたりして。
長いような短いような期間でした。
沢山のダンサーとも知り合うことが出来て良い経験でした。
それにしてももう随分昔のことのようです。

「 表現者たち ー LiBARATION 」 熊谷和徳

読了までの目安時間:約 3分

TAP熊谷

タップダンサー 熊谷和徳さんの
「 表現者たち ー LiBARATION 」
を横浜赤レンガで観てきた。
平原慎太郎さん
辻元知彦さん
もう言葉では表現できない。
何を言っても書いてもこの現場は表現できない。
でも、書き留めておきたくなる。


素晴らしい。
凄い。
素敵。
良い。
イイ。
パフォーマンスなんて軽い言葉では表現出来ない。
存在というのか在り方というのか。
力そのものエネルギーそのもの。
テクニックなんて関係ないんだけどテクニック。
気持ちなんて関係ないんだけど気持ち。
その動きと体が一体化した存在を伴うムーブメント。
で、音。
踏む音、擦る音、叩く音、カッと跳ねる音、沈む音。
そして三人。
人間が三人。
それぞれが独立して孤立して、一緒に居て、三人で世界が出来る。
でも一人一人の世界を持っている。


観ながら途中で気持ち悪くなって来た。
腹から何かが出て来そうになる。
息を凝らしているのに気がついて、肩を緩め呼吸を入れる。
視線を広げ集中していく。
一点を観て全体を見る。


タップダンスの公演は二度目でしたが、前回とは全く違う構成で内容でした。
熊谷さんのソロ、からの女性タップダンサーが登場してのデュオ。
そして、平原さんと辻本さんが交互にまた一緒に出てきてのダンス。
それぞれがそれぞれの持っているもの、その人自身のようなダンスを展開しながら、それぞれが立ち、干渉し合いながら倍音が見えるような。
タップの音の多彩さ、広がり破裂する音、静かに沈黙を聞かせる音。
後ろを流れる音楽。
汗がみなぎる男のダンスでありながら、汗臭さにはまり込まない。
洗練だけにならない。
うねりと静けさが気持ちよく構成される。
もうホントに。
そして最後にソロ。
やられます。
やられてしまいます。


力をもらうというのとは少し違う。
力のかたまりに出くわして呆然としてしまったような。
激しく強く、だけど観ていて美しさの要素が残る。
素敵な舞台でした。
暴風雨の横浜赤レンガ。
終わってみると静かな夜空が広がっていました。
ありがとうございました。
お疲れ様でした。


赤レンガ1

赤レンガ2

赤レンガ3

自主トレ

読了までの目安時間:約 4分

8月の後半に営業自粛をしました。
東京で連日5000人ほどのコロナ感染者が出ていた時です。
営業はやっていませんでしたが、整体スクールには来ていて、ブログ更新や事務仕事などデスクワーク的なことをやっていました。

この時期に自主トレを始めました。
地域集会所の会議室を借りて、ストレッチをやったり体を動かしたりです。
集会所の会議室は机を並べると40人近く入る部屋ですが、普段は机は畳まれていて部屋いっぱいに動くことが出来ます。
ストレッチやヨガなどで使うこともあるのか、壁半分くらいに鏡が設置されています。
営利目的では使えないので、ここでストレッチ教室などはできませんが、仲間で作ったグループで借りて先生を呼ぶことは出来るという、なんとなく少しグレーな感じの使い方をされている方もいらっしゃいます。
ま、イイんですけど。
個人で借りることも出来るので、時間を指定して借りて、ストレッチやダンスの振り付けをしたりすることもあります。

8月に思い立って始めたのは自主トレ。
特に作品創りをしようと言うような気持ちではなく、純粋に体を動かそうと思って借りました。
スクールをやっている部屋も広さはあるので、ストレッチやバーレッスン(バレエの基礎練習)くらいは出来るんですが、やっぱりアレです。
仕事場でやるのはどうも気分が乗りません。
集会所は広さもあり賃料も1時間200円で激安なので借りました。

30分くらい色々とストレッチをやって、少しダンスのステップ的なことをやります。
今回はハウスステップの動画を見ながら、5分程度ハウスステップをやったりもしました。
しかし全然出来ない。
すぐに息が上がります。
鏡を見ていると、おじさんがバタバタしているようにしか見えません。
これが歳なんだろうと認識はしましたが、まあ自主トレなので笑いながらやってます。
そして最後にインプロを録画します。
インプロとはインプロビゼーション(=即興)のことで、音楽に合わせて(時には音無しや騒音でも)体を動かします。
まあ見られたものではないんですが、たまにそれをインスタの個人アカウントでストーリーズにあげたりすることもあります。

コロナで自粛自粛が続いていて、何となく体の中から動きが減っているような感じがします。
普通のレッスンも受けているし、今年はオリンピック開会式にも出させてもらって、踊ることは続けていますが、それでも滞っている感じがあります。
休みの日も外に出かけるよりも、家にいたり出ても映画館くらいというのも影響しているのかもしれません。
いろいろな意味で自主トレなのかもしれないですね。
今は週に1回くらい不定期にやっています。
インプロも続けていると似通った動きばかりになるので、今後はどんな展開にするのか考えたりしています。
似通った動きがどうして出てくるのか、その動きの質は何がベースになっているのか、なんて考えたり。
全く違うテイストの動きでインプロしてみるとか。
発表はしないけど、何か短い曲に振り付けを作ってみるとか。
まあそんなことを考えてみようかと考えた見たりしています。

秋です。
そろそろ体の中から動き出したいですね。

ワクチン接種終わりました。

読了までの目安時間:約 3分

こんにちは。

てあて整体スクール・てあて整体院の荒木です。



新型コロナウィルス感染症に対するファイザー社製のワクチンの2回目の接種が終わりました。

数週間後には抗体も出来てくれると思います。

患者さんや生徒さんは少し安心してもらえるかと思います。



正直いうとワクチンは出来ればあまり打ちたくありません。

健康な身体に異物を取り込むことで、体の中に抗体を作る訳ですから。

病気の時に飲む薬とは違うと思います。

とは言え、今のところ他に有効な方法がないところから、ワクチンを打つことにしました。



ワクチンについて世の中には良い意見と悪い意見があります。

個人的には良い意見を言っている人のエビデンス(証拠)の方がより信じられます。

悪い意見を言っている人のエビデンスの多くは反証されるように思います。
( 例えば >>>

ただ、まだ分かっていない部分があるというのは、そうだと思います。

だから心配だと言うのは私もそうです。

養生してセルフケアをしながら自己免疫を高めると言う方法があるのも知っています。

ただ、”自分の”それはあまり信じられないと言うところです。

データがないと信じづらいのは男性の特性だとか聞いたことがありますが。

悲しいサガなのかもしれません。



どちらにしても判断は難しいところです。

だから、整体スクールも整体院も、どちらの方もウェルカムです。



いずれにしても用心します。

マスクをして換気に気をつけ、アルコール消毒をするようにしています。

手洗いは気がつく毎にやっています。


今日明日(9/16.17)はお休みを頂きます。

明後日からよろしくお願いします。


てあて整体スクール・荒木

パラリンピック

読了までの目安時間:約 5分

このところパラリンピックを見ています。
一昨年、パラ陸上の世界大会を見て、こりゃすごいなぁと思っていたんですが、その比じゃないですね。
いろいろと考えると言うか、頭の中の認識が変わって行っているのが分かります。

パラリンピックの前半で水泳を見ていました。
四肢欠損などの障害がある方々やその他の障害がある方の水泳を見ていて、凄いなぁと、大変だろうに一生懸命がんばっているんだなぁ、みたいな感想を抱いていました。
とにかく凄く頑張っている。
考えてみれば当たり前なんだから。
アスリートな訳ですから。
それが毎日、見ているうちに変わって来ました。
当たり前、というか障害があるのに頑張っているから凄いというのではなく、自分の限界に挑んでいて、毎日努力をしていて、たぶん限界がどんどん描きかえられて行ってというのが見ていて分かるので、その限界に挑戦している姿に凄いって感じるんだなと思いました。

昨日だったかこんなこともありました。
障害が重度の方々だったんですが、隻腕で脚も股関節からほんの少し下までしかない男性が表彰台に乗っていました。
解説をされる方が、障害のある方は陸上では動きに制限があるが、水の中ではとても自由に動けて、皆さん水の中が好きな方が多いんですと、だから危ないからとか心配だからと言うのも分かるが、もっと水泳や水の中に入ることを増やしていって欲しいと仰っていました。
確かに、見たところ片腕しかないような人がプールの中に入るのは心配だし危ないとつい思ってしまいます。
でも、補助があったり水深や階段や入り口を工夫すれば、とても良いリハビリになるだけでなく、機能改善になったり、ストレスの解消や疲れをぬく効果もあるんじゃないかと思います。(素人考えかもしれませんが。)

他にも様々な障害を持つ方々がいて、それぞれが持っている使える機能を目いっぱい使って運動をしています。
カテゴリー分けをすることで競いあうことも出来、競いあうことで自身の機能や限界を上げて行くことも出来るように思います。
陸上競技の走り幅跳びではオリンピックとほとんど同じ記録で優勝をする選手もいました。
ちょっと不思議な感覚になりました。

例えば四肢欠損を障害としてカテゴリー分けをして競技をするのであれば、陸上競技で身長や体重別になっていないのは、どういうことなんだろうなんて考えてしまいます。
伸長170センチの選手と200センチの選手がバーの高さ220センチを飛んだとしたら、同着になるって言うのは本当にフェアなんだろうかなんて考えてしまいました。
カテゴリー分けの考え方は、ひょっとして競技で競う事は何なのかという根元的な問題につながるんじゃないかなとか思ったりします。

何だか何書いているんだか分からなくなって来ましたね。
ま、たまにはこんな回もあります。

パラリンピックはまだ数日続きます。
有観客なら明日の夜、国立競技場で見る予定でしたけど、残念ながらテレビ観戦です。
でも、おかげで沢山の競技を見られるとも考えられます。

それにしても様々な障害があります。
今までこんなに沢山一度に目の当たりにすることはありませんでした。
目にしたことは自分には良かったと思います。
普段から目にしていないと、知らないうちに誤解している事があるかもしれません。
それが減るのはありがたいことです。

水泳各種
陸上各種(義足など)
車椅子 陸上レース
車椅子ラグビー
車椅子バスケットボール
ブラインドサッカー
ゴールボール
シッティングバレーボール
ボッチャ
車椅子テニス
凄かったです。
アーチェリーやカヌーはまだ見ていません。
他にも沢山あるんだろうと思います。

パラリンピックにも賛否や是非があると聞きます。
様々な考えがあると思います。
パラリンピックに出られなくても、出来る範囲で運動が出来れば、それは良いことなんじゃないかと思います。

パラリンピックを見ていて、今、思うこと。

読了までの目安時間:約 4分

営業自粛で夜は早く帰って来られることもあって、パラリンピックを見ています。
車椅子バスケットボールや車椅子ラグビーが凄い。
正直言うと女子車椅子バスケなどはもう少しアマチュア感があるのかと思っていたけど、全然違っていて見入ってしまう。
何というか考えてみれば当たり前なんだけど、レベルの高さレベチな印象を受ける。
見ていて興奮するし楽しい。
アマチュア感があるのか、と思っていた自分が情けないというか申し訳ない。

水泳競技も凄い。

最初の頃は、ハンデのある体で頑張っていて凄いなぁ、この努力は半端じゃないなぁ的なことを感じたが、ここの所は感じ方もだいぶ変わってきた。
障害が云々と言うより、アスリートが一流になるために努力を積み重ねた結果のパフォーマンスは、見ていて気持ちを鷲掴みにされるような迫力がある。
ハンデや障害があるけど頑張っていると言うのとは違い、ただ本当に頑張っていて、その結果自分の限界に挑んでいて、限界だと思っていたことがどんどん更新されて行っているんだろう、努力を積み重ねる前とは違う自分になっているんだろうという。
どうも何だか上手く言えないけどそんなことを感じるようになって来ている。

以前、「目の見えない人は世界をどう見ているのか。」という本を読んだことがある。
目が見えないなど元々の障害がある人は、4本脚の椅子の1本が無くなった状態なんじゃなくて、元々脚が3本の椅子のようなものなんだ、というような事が書かれていた。
だから途中から障害を持った人と、元々障害を持っている人とは、感覚的にも違うと言うようなことが書かれていたように記憶している。
そうか、そうか、そうか、と思いました。
しかし、自分には3本脚の感覚はある程度想像は出来るけど、分かっているとは申し訳ないけど言えない。
ひょっとしたら、逆に今の自分の感覚と同じようなことなのかもしれないとも思ったりもする。
でも、軽々にそんなこと口にしない方が良いのかもしれないなとも思う。

もう一つ。
パラリンピックはカテゴリー分けがかなり沢山ある。
カテゴリー分をすることで、一人一人の持っている特性に合わせた試合が出来ることになる。
オリンピックだと体重別の対人競技(柔道、ボクシングなど)がそうだけど、記録を競う競技ではそうはなっていない。
パラリンピックのカテゴリーを見ていると、例えばオリンピックや他の世界大会でも身長200センチの人と180センチの人が走高跳びの記録を競うのってどうなの?と思ったりする。
本当にフェアなんだろうかと思ったりする。
オリンピックの大きなカテゴリーとしては、男性女性と言うことになるんだろう。
それだけのカテゴリー分けで良いのかどうか。
競技で何を競うのかと言う本質的な問題まで考えたりしてしまう。

陸上競技も待ち遠しい。
今大会はひょっとして走り幅跳びでオリンピックの記録を抜いてしまうかもしれない選手がいる。
日本人選手も車椅子や跳躍関係で素晴らしい成績の選手のことを聞く。
最後まで怪我なく競技を全うしてもらいたいと思う。

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