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東京2020オリンピック

読了までの目安時間:約 2分

いよいよ今日からですね。
東京オリンピック。
生きているうちに2回も日本で行われるとは思ってもみませんでした。

それにしても色々なことが起こります。
最初から色々でした。
今、思い出しても仕方がないので思い出しませんが、色々でした。
そしてつい最近になっても色々です。
困ったもんだなと思います。
それは、自分自身の生きてきた年代や時代にも関わることだろうと思っています。

しかし。

と思います。
そんな簡単に割り切るなと言われそうですが、選手には罪はないと思っています。
彼ら彼女らはこの大会のために一生懸命やってきました。
だから、とはいいません。
彼ら彼女らの死ぬほどの努力とは無関係に、色々あったことは彼らとは無関係です。

だから応援したいと思っています。
大変だろうと思います。
普段なら手放しで賞賛されることが、なんでやるんだと言われることもあるかもしれません。
でも、開催自体に選手の責任はありません。
だから応援します。

故障なく本番を迎えて欲しいと思います。
出来れば試合の最後まで全うしてもらいたいと思います。
故障したとしてもベストパフォーマンスが出来なかったとしても、それも仕方ないとは思います。
でもやっぱり万全の体制で故障なく自分にできる限りのことをやってもらいたいなと思っています。

応援してます。

最近のこと 21/07/19

読了までの目安時間:約 3分

蝉の声が聞こえます。
蝉時雨とまではいきません。
ミーンミンミンミンミンミンミン
暑くなりました。
先日、梅雨明け。
今年は昨年よりも短っかったと思いますが、体感的には長かった。
ずっとずっと雨ばっかり降っていたようなイメージがあります。

オリンピックです。
昨日、サッカー五輪代表オーバーエージ枠の吉田選手が言っていました。
無観客については再考できないものか。
実は私もそう思います。
何とかならんのか。
五輪はやるなら無観客だろうと思ってました。
でもいざ無観客になってみると、無観客でやるくらいならやらない方が良いんじゃないかという気持ちになりました。
だって無観客でテレビでだけ観戦応援するなら、世界中どこでやったって同じでしょう。
日本でやる意義や意味は?と思いました。
結果的にIOCとか利権を握っている人たちだけがウハウハするだけなんじゃないか。

五輪には賛否あり是非あり。
それぞれの気持ちがよくわかります。
いい加減なこというなと言われそうですが、でも両方の気持ちがわかります。
感染のことが心配でやめた方が良いというのも分かる。
でもせっかく招致したんだからやってほしいというのも分かる。
個人的にスポーツはやるのも観るのも大好きなので、見てみたいという気持ちも分かる。
でも、やるなこんな時にという人の言うことも気持ちも分かる。
決めかねていて、良くないとは思いますが、でも複雑な気持ちです。

でも開催することになったのなら、選手には最後まで全力が出せる状態で試合に臨んでもらいたい。
開催するなら応援したい。
そうも思います。
試合が始まっているのに、やめろと言う気持ちはありません。

夏。

ですね。
急にやってきたので体が対応していない感じです。
汗をかくようにしています。
そのために水分を結構飲んでいます。
気持ち良い訳ではないんですけど、少し汗ばんでいるくらいだと体の調子は悪くありません。

今日もスクールです。
8月は今年からお休みと言っていたんですが、今年はスケジュールが不規則だったので8月も半分は授業があります。
見学ももちろんできます。
体験も出来ます。
スクールサイトを見ていただいている方は少し増えている様子なんですが、問い合わせまではいただけていません。
質問や疑問も受け付けています。
気になることがあったら聞いて下さい。
答えられないことは多分ないと思います。
よろしくお願いします。


てあて整体スクール・荒木
東京都練馬区東大泉 5−28−17ーA
teate@nifty.com
03-3922-7230

こだわりと常識はほどほどに。

読了までの目安時間:約 2分

こだわりは面倒ですね。
常識もちょっとアレです。

最近になって少しずつ気になるようになってきました。
知らないうちにコレはこうと決まっているような前提で動いていることがあります。
考えてないんでしょうね、それについては。
考えなければはやく済む。
面倒がありません。

服装だと話が分かりやすいですかね。

60を超えて少し経つと、同級生あたりの年代が着ている服装は大体どんよりしています
明るい色を着ているのは女性。
男は大体グレーとか茶とか。
あまり目立たないような服装です。
悪いわけではありません。
でもなぁと思います。
年相応という常識が頭をかすめてるんじゃないか。
別にイイじゃないですかね。
あんなの着たいと思ったら着てみれば。

逆にこだわりというのもあります。
これは個人的な決め事。
世の中がどうであろうと、自分はコレ。
他に選択肢はない。
みたいなね。
でも、そのこだわりも今となっては必要なくなっているかもしれません。
ずいぶん昔に決めた事だったりして。
世の中も自分も変わってますから。

どちらもだんだん面倒になって来ました。
もう少し自由でも良いかと思います。
こだわりも常識も、誰が決めたということでもないでしょう。
ルールならともかく、何でも良いなら何でも良い。

まとまりがないんですけど、そんなこと考えてました。

新しい事に挑戦!?

読了までの目安時間:約 3分

NewShoes

新しいスニーカーを買いました。
今まで絶対に選ばなかったタイプのスニーカーです。
こんなに大きくて見えてソールが厚くエアが入っているような(入っているかどうかは知らないけど)タイプのスニーカーは見向きもしませんでした。
いつも手に取ってしまうのはナイキならコルテッツ、コンバースならオールスターかスーパースター、アディダスならスタンスミス(これは履いた事ないけど実は)みたいな、何というか”代名詞”的な昔からある靴みたいなのばかりを選んでいました。
それが今回は全く別のタイプ。
個人的には時代が変わった後のスニーカーだと思っているタイプを購入しました。


こういうタイプの靴を履かなかったのには理由があります。
似合わないだろう。
年齢に合わない。(子供の履く靴⁉︎)
履いた事がない。
みたいな考えがどこかにあったんだと思います。
着る物を選ぶ時もそうです。
何となく”(年齢)相応”を考えたりすることがあります。


でもね。
何だかつまらない訳です。
別に何を履こうが着ようが構わない。
というか誰も気にしていない。
履いてみたい着てみたいと思うのならやってみれば良い。
と。
だんだんといつもと違う今までとは違うものを選んだりするようになって来ました。
60を超えてからが特にそんな気がします。
着たり履いたりしていると、似合っているとか良いと言ってもらうことがあります。
そんなものなのか、と思います。


いつもと同じ。
はつまらないですね。
でも、新しい事に挑戦。
というほどではありません。
そんな大したことではないんだから。
それよりも、こだわりでやらないことが増えてしまうと、楽しみを減らしているのかもしれません。
こだわりは意外につまらないと思ったりします。
今日は今日です。
昨日でも明日でもない。
一回きりの今日ですから。

Organ Works 【 WOLF 】を観てきた。

読了までの目安時間:約 3分

横浜までOrgan Works【WOLF】を観てきた。

重く苦しく身動きが取れない。
冒頭から両肩の上から抑えつけられるような重苦しさを感じた。
ビニール袋を使った演出のせいだけとは言えない締め付けられるような雰囲気。
とは言え目は舞台上に釘付けになる。

見逃せない。

音が。
ダンサーの殆どない動きでさえ音がそれぞれの体の周りから発せられている。
それが抑えられた動きを余計に抑うつ的な印章にさせる。
それは最後までダンサーの動きと照明と音響とは別の、効果を産んでいる音だと思った。
そして表情。
体の見え方にも効果的な演出になっていたと思う。

抑えた照明、制限された動き、ビニールの演出、ビニールと体から発生する音
ダンサーと役者
人と狼
人工と自然
光と影

作品は最後に息抜きをするように深呼吸をするように少しずつ世界が見え拓け可能性を感じながら終わる。
だからなのか思い出しながらも、安心して帰路につくことができた。

個人的にはダンサーそれぞれが同じ事を同じ熱量で同じように徹底的に突き詰めて行くと、群舞で同じ振りを動いているのに個性だけがはっきりと見えたことに感激した。
妙子さんの何というか春画のような妖艶さ、たっくんの心許ない力強さ、大西さんのクリアで繊細な健気さ、村井さんの懐疑的な正確さと空疎な存在感、青柳さんの幼生から成体に近づく清々しさ。
そして安定の高木さん。
それぞれの持つ個性と力を最大限に引き出して作り出された世界だと思う。

テキストを使うものが最近増えているように思うが、自分としてはまだはっきりと受け止められてはいない。
ただ、ここに新しい表現があることだけは分かる。
あと、ここまで書くのはどうかと思うが、おじさんの役割として書いておくと、青柳さんのダンスはちょっと若さを感じた。
他のダンサーが100点だとすると、何かが足りないぶん95点くらいの仕上がりに見えた。
テイストの違いが少しだけ滲んで見えるような気がしてしまった。
ま、初回だったからかもしれない。
それにしても素晴らしい個性のダンサーばかり。
良いものを観ました。

WOLF OrganWorks

パーソナルトレーニングとソロキャンプ

読了までの目安時間:約 4分

会員制スポーツクラブが流行り出したのはバブルの頃だったと思います。
だから多分30年位前だったと思います。
当時も平日休みの仕事だったので、平日昼間にスポーツクラブのダンスレッスンに行っていました。
最初の頃は圧倒的に女性が多かった。
もちろん平日の昼間なので、仕事のある男性(が多かった)は昼間に行くことが難しかったということはあるかもしれません。
それにしても圧倒的に女性が多かった記憶があります。
その後、20年位前からパーソナルトレーニングが流行り出しました。
流行るというよりも、人気が出てやる人が増えてきたということです。
これは本当に受けているのは女性ばかりでした。
今もですけどダイエットや体型維持や体型を作るために、パーソナルトレーナーについてトレーニングをしたり食事の管理をしたりするのは女性です。

そして今、ソロキャンプです。
これも女性が増えてきました。
どちらも意外にお金がかかります。
お金をかけないでも出来ることもありますが、やらないよりは掛かっている。

30年位前にスポーツクラブに女性が大挙するようになった時に考えました。
どうして女性ばっかり?
男性よりもお金が余っている訳ではないと思います。
なのに何故。

きっと、「体に回帰」しようとしているんだろうと思いました。

体を動かすことが減っています。
それは30年前も今もです。
例えば50年位前やもっと前。
人の移動は歩くか走る。
ここまで車や電車や交通機関が発達してた訳ではありません。
体を使うことが少なくなった。
それだけ文明や文化が進展したってことです。
良いことですね。
でも体は使わなくなった。
人はたぶん体を使って捕食し生きていくように進化して来ています。
それが使わなくなると、具合が悪くなるということでしょう。
だから、体に回帰する、体を使う、スポーツクラブで体を動かす。

ソロキャンプ。

どうなんでしょう。
どうなんだろうと思いました。
ソロキャンプはどうしてここまで流行ってきているのか。
SNSなどで喧伝されるということはあります。
でも、見聞きしただけで皆んなが行く訳ではありません。

自然が足りない。
人と関わり過ぎている。

ってことなのかなと思います。
どんなに管理されたキャンプ場でも、都会よりは自然です。
(自然とは管理できない、人の力ではどうしようもないことを含んでいる場やものやこと)
何が起こるか予想が出来ない。
コントロールされていない状況が目の前で展開されていく。
(実際には都会でもそうなのかもしれませんが、そうは見えないように錯覚している。)
そんな自然が足りていないのかなと。
そして人。
毎日毎日。
隣にも前にも後ろにも人がいます。
人と関わりなく生活するのは難しい。
だからたまに、”ソロ”になりたくなるのではないか。

そんなことを考えました。
そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれません。


camp

整体師の仕事

読了までの目安時間:約 3分

人に感謝される仕事。


そう言う仕事がしたくて整体師になろうと思います、と整体スクールの志望動機に書く方が結構沢山います。
そんなに大きな割合を占めていた訳ではありませんが、私もそう言う気持ちがありました。
いや、今もあります。
会社勤めをしていると、仕事で褒められることやありがたがられることは殆どありませんでした。
もちろん褒められるような仕事や、ありがたがられる仕事をしていなかった訳ではないと思います。
人それぞれ仕事には役割があり、会社の中で価値を産んでいるから給料をもらえている訳でしょう。
ただ、殆どの場合は毎月決まった給料をいただくので、あらかじめ成果が予定されている(あるいは期待されている)と言う状態だからなのかもしれません。
あらかじめ想定された成果を当然のように生み出しているんだから、改めて褒められたりありがたがられたりはしない。
たまに患者さんにこんなことを言われることがあります。


毎月のことでことさら言ってはいませんけど、とっても助かっているんですよ。


えっ(ニヤニヤ)
えええ〜
いえいえ。
言葉になりません。
そんなこと突然言われると、どう返して良いかわかりません。
年に一回くらい、そんなことをぽろっとおっしゃる患者さんがいます。
そうすると、思い出しますね。
人に感謝される仕事。


そうだったんだよな。
そう言う仕事だった。
ことさらそんな風には普段は思わないけど、なかなかありがたい仕事をしているんだなと思います。
わざわざそんなこと言われる仕事はなかなかない訳ですから。


ところで残業代って変なシステムだなと最近思っています。
基本給や職能給なんて体系になっていると言うことは、その人の仕事の内容やレベルで給料が決まっているはずなのに、なぜか時間を長く仕事をすると残業代がプラスされる。
時間が長かろうが短かろうが、成果がでさえすればあるいは与えられた仕事が出来れば問題ないと思うんですが、そうでもないらしい。
それに仕事の成果が同じだったとすると、成果を時間で割ると時間単価は減ってしまう事になる。
会社は成果を上げる効率が悪くなっているにも関わらず、長い時間会社にいるからと言う理由で給料を多めに出している。
やっぱり不思議ですね。
ちなみに個人で仕事をしていると、残業代はありません。
逆に早めに帰っても怒られはしませんけど。


空

「かも」が大切

読了までの目安時間:約 4分

”かも”しれない。
と思っておくのが大切って話です。
整体スクールに入学すると先輩がいたり荒木がいたりして、全然自分が出来ないことを実感してしまうことがあります。
実感と行ってもその時の実感なので、その後もずっとそのままということはありません。
でも、その時はそれが実感なので、どうしようもないと思ったりしてしまいます。

触診の説明をする時によく話すエピソードがあります。

開業して1年目か2年目に手技のDVDを買いました。
業界ではみなさんご存知の先生の手技のDVDです。
その中で触診のようなことをしていました。
患者さんが仰向けに寝ていて、術者は患者さんの頭の側から両肩に手を置いています。
左右の方を少しだけ上下(足方・頭方)に押したり、触れたまま少し止まったりしています。
そのうちにうんうんと頷きます。

左の大腿動脈が少し流れが悪いかな。

???
その時の私の頭の中には???が並びました。
大腿動脈がどのあたりに流れているかは知っています。
まあ、左の鼠蹊部あたりのことを言っているんだと思います。
でも触れているのは両肩です。
胴体の上。
触知したのは胴体の下。
全然場所が違います。

そんなの分かるわけない。

そう思いました。
幾らなんでもこれはこの先生だから出来るのであって、普通の人には絶対に出来ない。
そう思っていました。
それから数年、触診には力を入れるようにしていました。
それからまた数年経ったある日、そうだ肩口に触れて大腿動脈って分かるのかな?と、ちょっとそんな気になって触れて見る機会がありました。
あれっ!
なんか分かるような気がする。
そこでちょっと調子が悪そうな側の鼠蹊部のことを患者さんに言うと、そうですそうです!と答えが来ました。
へ〜分かるものなのか。。。

自分としてはあの先生のようには出来ないと思って、それまでは遠くの深層の状態は考えないようにしていましたが、分かる”かも”しれないと思い始めてからは、どんどんそんなことも考えるようになりました、
分からないんだろうなと思って触れなかったことで、分かるものも分からなくなっていたのかもしれません。
最初から分かる”かも”と思って触れていたら、もっと早めに分かるようになっていたんだろうと思います。

人の脳は面白い性質を持っているようです。
出来ないと思ってやっていると、その「出来ない」と言う自分の思いに、結果を合わせてしまう。
以前にも書いたことがあると思いますが、65歳以上の人の研究があります。
65歳以上の何人かのグループを二つに分けます。
両方のグループに10の言葉の書かれた紙を渡し、一方には「記憶力の実験ですから覚えてください。」と言って渡し、もう一方には「心理学のじっけんですから覚えてください」と言って渡します。
1時間後にテストをすると、「記憶力の実験」と言われた方が、単語を覚える数が少なった(統計的に優位に)と言う結果だったそうです。
全く同じ年齢層で全く同じ単語で全く同じ時間経過でです。
つまりこれ、65歳以上の人は年齢により記憶力が落ちていると思い込んでいることが原因なのではないかと言うことでした。

そんなことない”かも”と思っているだけで、可能性が広がるかもしれません。

ダンス専科2021 平原作品に出てみて。

読了までの目安時間:約 7分

少し時間が経ったのでゴールデンウィ-クに出たパフォーマンスについて、ちょっと思ったことなど書いて置こうと思う。


セッションハウスというのは神楽坂にあるダンススタジオです。
コンテンポラリーダンスのクラスが多く主宰の伊藤直子さんご自身もクラスを担当されています。
平日はダンスクラスをやっていますが、週末になるとパフォーマンスをするミニシアター(劇場)でもあります。
パフォーマンスは定期的に募集される公募展のようなものもあり、主催公演もありマドマゼルシネマというスタジオが主宰しているカンパニーの公演もあります。
たぶん15年位前から何人かの先生のクラスに通い始め、10年位前から公募公演やセッションハウス主催のショーイング・ワークショップなどにも参加しています。
今回はダンス専科と言う企画で、数人の先生がクラスの中で作品創りをし、出来上がったものを週末の公演にかけるというものに参加しました。
近藤良平さん、松本大樹さん、平原慎太郎さんの三人が作品創りをしましたが、荒木は平原さんの作品に出演しました。


平原さんの作品は初めてでした。
というか平原さんのクラスにさえ1回しか出たことはありません。
殆ど受けたことのない先生のクラスにいきなり作品創りに参加するというのは、考えてみれば無謀です。
今年は皆さん同様いろいろあって、少し動きを付けたいとかじっとしていたくない気分があって、稽古日を調べたら参加出来そうだったので申し込をしました。


初回のレッスン。
テーマを決めてインプロをすることになりました。
インプロというのは即興。
テーマはありますが、自分で動きを創ります。
いきなり?と思いましたが、何とかやってみました。
実は苦手意識があります。
インプロをやってもボキャブラリー(振り)があまり出て来ません。
同じような振りばっかりになってしまったりします、それにこれで良いんだろうか、求められていることに合致しているんだろうか、というような気分にもなったりします。
一緒に参加していた他の人達は、どんどん動きを創って行きます。
テーマと関係ないんじゃない!?と思ってしまうような動きに見えるものもあります。
ひととおり創り終わると、一人一人通してやってみます。
それに対しアドバイスがあったり、動きを追加したり少し削ったり。
ここで他に動きは何かない?みたいな提案があったりします。
聞いているうちに、求められていることを捜している場合じゃないということに気が付きました。
それぞれのダンサーの持っている素材や考えた動きを出す作業なんだということです。
ま、考えてみればあたりまえです。
枠に嵌ったような予定調和が求められる訳がない。
好きにやることが求められている。
だからインプロ(即興)なんでしょう。
平原さんから動きをもらうこともあります。
というか全体の6割くらいは平原さんの振り。
ただ、舞台上を構成していく時には、それぞれの個性を出すようなインプロ(後にそれが振りになる)が必要です。


それにしても否定されるような言葉が全くありません。
動きを面白がってくれる。
でも使わない動きは使わない。
作品の通しを始めるとダメ出しがありますが、ダメ出しという言葉ではなくコレクションという言葉でそれを行っていました。
あそこ良いねというのが先に来て、別のあそこはこんな風にするともっと良いねなどと言われます。
あとちょっとあそこは早めに出てもらうと良いね。
みたいな表現です。
そして、あそこはちょっとやめておいて、いつか使うかもしんないから、みたいにも言われます。
振りやタイミングを間違えると、あそこはどうだったっけ?みたいな確認になります。
間違えたと申告すると、ダイジョブ大丈夫、分かってれば、本番はまだ先だからとなります。


本番に向かう数回の練習では、動きやタイミングの確認指示だけでなく、感情的なというか質の問題についてもコレクションがありました。
ダンサーそれぞれも少しずつ修正しながら、動きも少しずつ変えながら本番に向かいました。
当日、朝、前日に出来なかった通し稽古をやり、午後からゲネプロ(衣装・化粧ありで照明も本番通りの通し)があって本番でした。
通しでもゲネプロでもコレクションがあり、確認するところは確認し、少し変える部分は替えて本番に臨みました。
当日に3回通したのは、本番自体が1回では初めてのことでした。
どんどん内容が変わる。
大きな変化ではなくとも、自分自身の中では随分違う感覚で踊ることが出来ました。
自分でも思いましたが、本番の動画を観る限り本番が一番よかった。


周りのダンサーが優しいのも驚きました。
いや、驚くと言うのはおかしいかもしれませんけど、とても協力的。
作品を一緒に創っていくために、自分のことだけでなく全体の見え方やタイミングをきちんと把握して行きます。
たぶん、それぞれに任された裁量の部分が大きいということがあるからかもしれません。
何十年も前に始めたころは、当たり前ですけど自分の裁量なんてありません。
言われたことを言われた通りに再現することが求められました。
それは技量の問題もあっただろうし、時代もあったんだろうと思います。
今は良い雰囲気の中で踊れるようになったと思います。
年下のダンサーにいろいろ言われるのが嫌な人にとってはダメかもしれませんけど。
最近は全くそんなこと気にならなくなりました。


とても良い経験だったと思います。
幾つまで出来るか分かりませんが、なんて言いそうになりますが、全然そんなこと思っていません。
動けなくなるまで踊っているんだろうと思います。
同年代がやってなくたって、まあもう関係ないですね。
ありがとうございました。

「カラダの地図」で疲れ・不調・故障が消える!

読了までの目安時間:約 3分

昨年、本を出版しました。


「カラダの地図」で疲れ・不調・故障が消える!(さくら舎刊) >>>


自分の体の形や動き方を再確認することで、疲れや不調や故障が知らないうちに消えて行く。
普段、何気なく使っている体ですが、殆どの人は体の形や動きに対して誤った認識を持っています。
誤ったというと大げさかもしれません、ちょっと違った風に覚え込んでいる、というようなことです。
手の平を観て下さい。
手の平から指が伸びています。
指の付け根にはシワがあって、そこが関節のように見えます。
実際、指の関節は指先から2番目までは、シワのあるところにあって、そこから曲がります。
でも、3番目のシワ(手の平と指の境目)は、シワはあるけど関節ではない場所です。
そこでは指は曲がりません。
手の甲側から見るともう少し下に関節があるのが分かります。


これと同じようなことが体中にあります。
ちょっと違って覚え込んでいると、ちょっと違った動かし方になっていることがあります。
座り方でも立ち方でも歩き方でも。
姿勢なども、そんな間違って覚えていることを前提にしていることがあります。
それを再確認することで、体が楽に使いやすくなります。
「カラダの地図」というのは頭の中にある、自分の体はこんな風になっているという地図のようなもののことです。
それを頭や首、背骨や脚、腕や足首など、全身をひとつずつ確認します。
ちょっと調子が悪いなと思ったら、先ず自分の体がどうなっているのか、この本で確認してみて下さい。
難しい解剖学の本ではありません。
簡単なイラストと、触れたり動かしたりという実践で、自分を再発見して下さい。


5月28日と29日に出版1周年のオンライン無料質問会を行います。
本を購入された方はどなたでも無料で参加出来ます。
興味のある方はコチラへどうぞ → 出版記念オンライン無料質問会


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カラダの地図・書影

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