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悪は存在しない

読了までの目安時間:約 3分

どうしようか考えていましたが、結局、観ました。

悪は存在しない

きっと良い映画なんだろうなぁ。
でも、あんまり好きじゃないなぁ。
と言うのが観た直後の感想です。
途中までは面白いなぁと思って観ていましたが、きっと結末が自分の好みではなかったんだろうと思います。
後味が良くないというか何かザラザラしたものが残ります。

濱口監督の映画は「偶然と想像」と「ドライブ・マイカー」を観ました。
「偶然と想像」を観た直後も同じような感想で、たぶん良い映画だとは思うけど、あまり好きになれない映画でした。
それが1年くらいたってその年に観た映画を思い出していたら、「偶然と想像」の印象が強く残り、後味も悪くないようになっていました。
不思議。
「ドライブ・マイカー」は後味は悪くありませんでしたが、やっぱり良い映画なんだろうなぁでもそんなに好きな映画ではないとも思いました。

たぶん思う壺ですね。

映画をどう観るか、映画をどう楽しむかという問題なのかなと思います。
僕は映画を見ていろいろと考えたりしたくはありません。
考えさせられるのも好きではありません。
泣く映画も戦争映画も観ません。
と言って、社会問題をテーマにしたものが嫌いではありません。
めんどくさい視聴者なのかもしれません。

濱口監督の映画の個人的な感想は、言葉に出来ない表現する言葉がないような感情や状況を目の前に出される、という印象です。
複雑なでもどこにでもあるような、どうしようもないような何とでもなるような事柄です。
考えれば考えるほど分からなくなる、正解のない決めようのない問題だったりします。
いや、だからそんなに考えないようにはしてますけど、つい少し考えたりしてしまう事もありで、だからあまり、考えるような作品は好まないんだろうと思います。

生意気な事を言えば、今回の映画は題名が気になりました。
「悪は存在しない」( EVIL DOES NOT EXIST)
てことは同時に「善は存在しない」( GOOD DOES NOT EXIST)と反射的に考えますよね。
その前提で観てしまうので、ちょっと。

音楽や音響がとても素晴らしかった。
撮影もいろいろと面白い画角があったり、示唆的な画面があったり。
会話は秀逸で、やっぱり良い映画なんだろうと思います。
でも、なぁ。
年末にどう思っているか楽しみです。

ダンス歴40年になりました。

読了までの目安時間:約 11分

それがどうした。

みたいな話ですね。
ダンスを始めて40年になりました。
始めたのが1984年5月で誕生日の後だったので、ちょうど今月で40年になります。
20代で始めて60代まで踊るとは、本当に全く思っていませんでした。
というか、想定の外だったので考えた事もなかったというのが正直な所です。
20代後半で始めて、40代で踊ってるのかなぁというのが当時の感じでした。

だって40だよ、もう踊ってないんじゃないかな、でも踊ってるのかな、いや、そんな人見た事ないし。

という感じでした。
それがなんと60代。
考えてみると信じられません。
でもそんな事あえて考えないので、信じられるも信じられないもありません。
ただ踊ってるってだけです。

せっかくなのでダンス歴書いておきます。

最初に始めたのはジャズダンスでした。
もうちょっと正確に言うとジャズバレエ。
リツコヒキタという先生に学びました。
きっかけは会社の同僚で、当時、ミュージカルのキャッツを観に行った後に、ダンスが好きなのか歌が好きなのかと聞かれ、ダンスかなぁというと、私の先生のクラスに来ない?と勧誘されました。
独立してダンスクラスを始めて1年程度で、生徒を募集していたというのと男性が少ないってのもあったかもしれません。
リツコ先生はジュンキョウヤ(後のエムザブロウ)先生の弟子で、ニューヨークのルイジやアルビンエイリーの流れを組むダンススタイルの方でした。
現代舞踊協会の年間新人賞を取られたりして、とても才能あるダンサーで振り付け家でした。

そこでダンスを始め翌年には試演会(発表会)に出演して、沼にハマり込みました。
数年すると生徒で自主的にパフォーマンスを打たないのは何故か!みたいな指導があり、仲間で小さなスタジオを借りて今で言うスタジオパフォーマンスのような小さな公演をするよになりました。
基本的な体の使い方を身につけるエクササイズが確立されていて、そこでのレッスンは今につながるものだったと思います。
ジャズダンスの動きにバレエのテクニックを入れて、最近のステップや振りなども、当時学んだものが源流にあるような印象でした。

30代に入ってバレエをスポーツクラブなどで学ぶようになりました。
ジャズダンスが上手くなりたかったら、バレエテクニックを身につけないとと言われた時代です。
最初は馴染めませんでしたが、美しい動きやテクニックを身につけていくのは楽しくもありました。
20代後半で学び始めて10年経たないうちに、リツコ先生が引退されてしまいました。
いろいろあったようですが、とても残念で、それにきっとこんなに才能がありダンスが好きな人が本当にやめてしまう事はないだろうと、他のダンススタジオやクラスには行かないようにして、スポーツクラブのジャズダンスに顔を出すようになりました。

こんなこと書くとちょっとアレなんですけど。
最初にスポーツクラブでジャズダンスレッスンを受けた後、指導していた先生が近寄って来て、どちらのスタジオでレッスンしてるんですか?プロの方ですよね?と聞かれました。
どうやらけっこう踊れたようです。
そんな事を言われた事は一度もなかったので、とても驚きました。
そうか、けっこう踊れるのか、とちょっと気分が良かったです。
でもまあ、しばらくしたらリツコ先生がきっと戻ってくるし、と思いながらスポクラのレッスンを続けました。

30代の半ばから後半にかけては、バレエとジャズダンスのレッスンを継続していました。
この頃は、友人がダンスの先生をやっていたので、そこの生徒さんたちの発表会の客演のようなことを何度かしていました。
機会をもらってその生徒さんたちに作品を作った事もあります。
また、この時期に一度だけダンスのコンペティションにも出た事があります。
板橋洋舞コンクール。
仲間うちでやっていたパフォーマンスで作った3分の作品です。
今でも悪くないなぁと思いますが、3分はなかなか発表の場がないですね。

30代後半から40代前半にかけては、そんな事を続けていましたが、42歳で個人的な環境が劇的に変わります。
会社を辞め独立して整体師になりました。
時間がかなり自由になります。
レッスンも会社員時代には行けなかった、平日の昼間のクラスなども行ける事になります。
また、自分の時間も自由になるので、声がかかって舞台に出たりもする事がありました。

この頃、どうやって調べたかは忘れましたが、ダンスシアター・ルーデンスという当時は岩淵多喜子さんと太田ゆかりさん主宰のダンスグループのレッスンに行くようになりました。
コンテンポラリーダンスを本格的に学び始めたのがこの頃です。
実は30代にも友人がアメリカで学んで来た、コンテンポラリーダンスのテクニックやレッスンを何度か受けた事はありましたが、継続して受けるようになったのはこの頃です。
フロアの動きや基本的な体の使い方など、今の体を作る基礎になっていると思います。
40代から50代にかけては、岩淵さん太田さんのレッスンで体を作り、たまに舞台にも出たりしていました。
40代半ばには知人がオーナー会員だったこともあり、彼女の作品で日本ジャズダンス芸術協会の公演に客演しました。
メルパルクホールの大舞台で5人だけの作品に出られたのは、とても思い出深い事でした。
そしてこの作品はジュンキョウヤ先生のオリジナル作品のオリジナルキャストになれた唯一の作品でもありました。

シアタールーデンスのレッスンに行くようになって、コンテンポラリーダンスが面白い事に気づき、というかまだ大丈夫なんだと思って、気になっているところにも行くようになりました。
神楽坂セッションハウスには30代の頃に一回だけバレエクラスを受けに行った事がありましたが、この頃から近藤良平さんのクラスに行くようになりました。
近藤さんのクラスはダンスをやった事がない人がみると、お遊戯に見えるかもしれません。
でも、体作りの部分はきちんとやって、コンテンポラリーダンスの面白さをより知る事が出来るようになりました。
この頃から松本大樹さんや平原慎太郎さんなどのクラスも受けるようになりました。

50代に入って自分の知らない人たちばかりのクラスにも出てみようと探して、いくつかのワークショップなどに参加しました。
中でカンパニーデラシネラの小野寺修二さんのワークショップにも参加しました。
これはダンスシアタールーデンスの主宰だったかと思います。
そこでは5日間でワークショップを続け、最終日に観客を入れてショーイング(パフォーマンスを見せる)をするものでした。
「甘えの構造」という題名で、今でも断続的に続いているワークショップではないかと思います。
デラシネラは演劇関係の方ならご存知と思いますが、無言劇のようなスタイルが多く、動きがコンテンポラリーダンス的なものもあり、身体性に富んだ作品の多い集団です。
ここでのワークショップ・レッスンは舞台に立つ時の考え方など、強く印象に残るものの多い時間でした。

この頃、ソロ作品を創ろうかと思い始めました。
それまではテクニックもないアマチュアに毛が生えたような自分が、ソロ作品なんておこがましい。
ソロ作品はきちんとしたテクニックを持ったダンサーにしか許されないと思っていました。
でも、コンテンポラリーダンスのさまざまな作品やダンサーや振付家や指導者に会ったり話をしたり見たりしていて、自分なりの表現が出来るんじゃないかと思い始めました。
幸い神楽坂セッションハウスでシアター21フェスという、誰でも参加出場出来るパフォーマンスの機会がありました。
全く始めてでしかも50代に入ったおっさんが、人前で踊るのってどうなの?と思う気持ちが正直とても強かったんですが、作品を作って出る事にしました。
一生は一回だし。
機会がもらえるならと、思っての事でした。
以来、数回にわたって作品を創り、参加させて頂いています。

また、50代後半にはそのセッションハウスや知人のスタジオでのパフォーマンスを見てくれたダンサーから声がかかり、現代舞踊協会の「時代を創る現代舞踊公演」にやはり客演として参加させて頂く事が出来ました。
この作品は2015年の時代を創る現代舞踊公演の奨励賞を頂く事になりました。
(「午後8時 ー男と女とピラニストー」池田素子作品)
これは本当に嬉しかったですね。
リハーサルも楽しかったし本番も楽しかった。
賞をいただいた事で再演できたのも良い経験でした。

60代に入っても踊りは続けています。
3年前には平原慎太郎さんのワークショップに出ていた事から、TOKYO2020(東京オリンピック)の開会式のダンサーとして参加する事も出来ました。
これは本当に他にはない経験でした。
いろいろあってリハーサルの期間が限られていて、秘密裏に進みましたが、あの暑い夏のことは忘れられません。

ちょっと長くなりました。
ま、40年ですからたまには仕方がないです。

最初にも書きましたが、この年齢まで踊っていることは、ダンスを始めた時には考えの外だったので、想定していませんでした。
だって60代です。
でも、今となっては辞める理由がありません。
痛みはつきものだし疲れるし、でも、レッスン後の爽快さは他にはないものです。
体が軽くなるとかそう言うことではないんですよね。
体の中の動きが円滑になるというか、流れが止まらないというか。
脚は重くなるし肩は凝るし膝も痛みが出ることが多いですが、どんなに疲れていてもレッスン後に行かなきゃ良かったと思ったことは一度もありません。
動けなくなるまでは続けるんだろうと思います。

当面の目標は70代でパフォーマンスする事です。
人前で。

※数日前、レッスンに行けない日が続いたので、整体スクールの中でインプロビゼーション(即興)の練習をしました。
 音楽を流して振り付けなしで踊ります。
 動画は小っ恥ずかしいので写真を数枚。


Impro6

Impro2

Impro3

Impro4

Impro7

感情と動きを分離する。

読了までの目安時間:約 4分

連休中に即興のクラスを受けて来ました。

即興?と思われる方に少し解説。
即興=インプロビゼーションはダンスの一つのジャンルというか手法です。
決まった振り付けがなく踊る訳ですが、全く何もないという事ではありません。
その即興をダンスシアターの手法を使って試行するというクラスです。
ダンスシアターもダンス作品の一つのジャンルというか構造のようなもので、その手法を使った作品があります。
ピナバウシュという方が有名なので、作品を見た方もいると思いますが、その作品の構造がダンスシアターというもののようです。
いや、正確ではないかもしれません。

で、即興です。

今回、その練習・試行をするに当たって、感情と動きを分離する練習がありました。
これとても面白い。
イエスノー・ゲームみたいなものをやりました。
4脚の椅子を中心に向けて置いて4人が座ります。
みんな最初は椅子に囲われた中を見ています。
そこで、イエスまたはノーだけで相手とコミュニケーションします。
いや、このコミュニケーションという事自体が試行にあたる部分でもあるんですけど。
感情とは関係なく、イエスイエスと誰かに言ってみたり、それを受けてイエスと言ったりノート言ったり。
言葉は、そうそうでも、いや違うでも、えっ?でも、そうじゃないよ!でも良くて自分で選べます。
そうやって関係が動いているような状況が出来ます。
そこで誰かが笑い出したら、全員が笑わなければいけません。
最初のルールはイエスとノーでコミュニケーションして、誰かが笑ったら全員が笑う、というだけ。

そこから少しずつタスク(決め事)が増えていきますが、基本はここです。
これで、感情とは別に動作をする練習になったりしています。
言葉で説明は難しいですね。
でもやってみると面白い。

やってみて思い出した事がありました。
アレクサンダーテクニークです。
アレクサンダーテクニークは、知らないうちに習慣になっている言動から離れる、事をします。
何かをする時の考えや動作が、知らないうちに決まっている事があるので、それから離れたり開放されたり自由になったり出来ないかという事です。
意外に難しいんです。
何が、知らないうちに習慣になっているか、が知らないうちになっているものだから分かりずらいからです。
考えてみると、だって普通でしょ、と思うような事も単に習慣かもしれない。
でも考えるまでは、それはそういうものだと感じて使っているから。

イエスノー・ゲームはちょっと敷居が高いと思うので、何か習慣と感情や意図を離す分離するゲームが考えられないかなと思います。


てあて整体スクール
東京都練馬区東大泉 5-27-18-A
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sessionhouse

BDCのお婆さん DNAのお爺さん

読了までの目安時間:約 4分

題名を見て???ひょっとしてと思った方もいるかもしれません。
そうです。
BDCとはBroadwayDanceCenterのことで、DNAとはDanceNewAmsterdam(現在はGibney)のことです。
ニューヨークにあるダンススタジオで30代と50代にレッスンに行った事があります。

BDCには30代の時に行きました。
仕事半分でしたが平日の夜と日曜がお休みで、自分の時間として使わせてもらいました。
平日夜にはAlvinAileyAmericanDanceTheaterのスタジオに行き、10数名の黒人のダンサーと一緒にレッスンを受けました。
こちらのスタジオはその後に場所を替え、大きなビルになりましたが、そちらには行った事がありません。
で、BDCです。
日曜午後に行ったので、近隣の普通の方々が来ていました。
中に数人日本人のダンサーと思しき人たちも来てましたが、殆どはフツーの人たちでした。
男性が少なかったので、黒人のとてもスタイルの良い筋肉の綺麗な男性の後ろにポジションを取りましたが、彼がとにかく全然踊れないので驚きました。
黒人って何となくみんな踊れるようなイメージを持ってたんですけど、完全に偏見でしたね。
いろいろなヒトがいます。

中に細いお婆さんのような方がいました。
髪はショート(ベリーショートではない)めで白くカールしていて、白っぽいTシャツに短めのダンス(バレエ)用スカートを履いていました。
隣にポニーテールにした少女がいて、一緒に来ているのが分かりました。
先生はプロ中のプロのような方で、素晴らしく踊れるジャズダンサーでした。
クラスを受けているのも、プロのような方から全くの素人まで混ぜこぜに来ていました。

DNAには50代の時にカミさんと一緒に行きました。
ここが良いよと日本でリサーチしていて、カテティ・キングというこれも聞けば知っている人の多い先生のクラスを受けました。
このクラスの時は酷い時差ボケで、全く振りが入らず、前の列で立ち往生していたら、周りにいた近所のおばさんと思しき女性に、後ろに行けと目で強く指示されたのを覚えています。
可哀想に思ってくれたのか、カティティが同じクラスを受けていた日本人男性に、ナオキ!通訳してあげて!と言ってくれました。
通訳してくれても頭が全然覚えられなかったのが、とても残念でした。
ナオキさんという男性とは日本に帰ってから数回会いましたが、現在はミュージカルの舞台で活躍されている方でした。
(DNAで受けたスタジオの写真があったのでhttps://gibneydance.org/spaces/studio-e/

レッスンが終わって更衣室に行ったら、ツィードのジャケットを羽織ったメガネのお爺さんがいました。
全然、英語なんて話せないくせに、何となく話しかけてしまって、必死で聞いていたら、その日は休みで週に一回レッスンに来ていて、隣の街で大学教授をやっているとのことでした。

BDCでもDNAでも当時の自分から考えると、かなり年配の方が来て一緒にレッスンを受けていました。
たぶんBDCのお婆さんは70代で、DNAのお爺さん教授は60代だったかなと思います。
日本ではあまり見ません。
いつ行ってもだいたい自分が最高齢です。
40代の頃からだから20年間はだいたいそうです。
最近になって大人バレエの世界では、60代70代の方も増えて来ているようです。
もっともっと色々なジャンルに我々の年配でも参加すれば良いのにと思います。


Luiji's Jazz Centreのフロントで(50代でした)
Luiji'sJazzCentre

TimesSquare
TimesSquare

久しぶりに最近の話など

読了までの目安時間:約 4分

4月24日で整体スクールの名古屋教室を閉めました。
翌々日の26日、部屋を引き渡しました。
名古屋教室の最初の授業は2008年だったので、16年間は通っていた事になります。
最初は父が他界して一人になった母のところに、月に一回くらいは顔を出すもんだと思って名古屋に仕事を作ろうと始めました。
始めてみると名古屋の生徒さんは東京とは少し違う印象がありました。
月に一回だけ集中してという授業の受け方も影響しているのか、それとも地域性なのか分かりません。
開業率で言えば東京の倍近い開業率だと思います。
整体院だけではないですけど、ピラティスインストラクターやパーソナルトレーナーなどのスキルとしても使ってもらっています。

いや、今日はそういう話じゃなかった。

寂しいかなと思ってましたけど、そんなにすごく寂しくはありませんでした。
部屋を引き払っても、来月以降も継続して名古屋にいくからかもしれません。
それとも元々、感情があんまり昂らない性格なのかもしれません。
部屋の片付けも淡々とやってました。
卒業生が毎日来てくれて、掃除や中のものを引き取ってくれたり、お土産まで頂いたりして、助かりました。
ありがたい。
石川県から日帰りで来てくれた人までいて。

いや、今日はそういう話じゃなかった。

2月3月とかなり大きな事件というか事が起こっていて、母の入退院の後に、埼玉に引っ越しをして一緒に暮らすようになり、名古屋教室を引き払いました。
思い出してもどんな風にやってたんだか、いつ決断したんだか良く分かりませんが、いろいろと決断して行動していたようです。
どうも人ごとみたいな感覚がありますが、それは気持ちが膨張して手に余る事がないように、そんな風に頭が対応しているのかもしれません。
人の頭は面白いもので、大きな怪我をしたら痛みを感じない事があったり、嫌なことは積極的に忘れるようになっていたり。
私の場合は感情の起伏を少なくするような何かが働いている気がします。
幼稚園の頃から落ち着いた子供だったみたいなところがあります。

ただ良くないなと思う部分もあります。
感情の起伏が少ないためか、実感が伴いません。
最近は特に実感が伴わないので、時間を作って実感する時間を作ったりしています。
ちょっと間を置いて、音を聴いたり、体を感じたり、歩いてみたり。
つい、日々のタスクをこなす事を優先して、考えるのをやめて体を動かす時間が多くなりがちです。

連休が始まります。
連休は予約があまりありません。
時間があるので、溜まった経理仕事をしようと思っています。
それと、来月以降に始まる事になった、インストラクター向けの解剖学講座の内容を考える。
解剖学は解剖学なんだけど、インストラクターの方々に必要で聞きたいであろう事を交えたいので、何を取り上げるか考えておきます。
こういうのは楽しい作業です。
それと、散歩。
久しくゆっくり散歩が出来ていないので、時間をとってどこかに行きたいと思っています。
でも混んでるから連休が明けてからかな。
動画も撮らないと、というか編集しないと。
1年以上毎日上げていたので、ちょっとネタ切れな部分もあります。
もう少し軽い内容の話を毎日上げられればと思うんですけど、つい考えてしまいますね。
それと体を感じる講座を企画したい。
ダンス忘れてた。
セッションハウスのダンス学校で平原さんのクラスを受けます。
これは楽しみ。

ちょっと落ち着いた。
少しずつ落ち着いて行きます。
よろしくお願いします。

地元言葉

読了までの目安時間:約 2分

荒木の実家は三重県四日市市にあります。

2月から地元の言葉をよく話すようになりました。
実家の母が入院して見舞いに行くようになり、その後、2月末から一緒に暮らすようになって、殆ど毎日、地元言葉で話をします。
これに加えて年明けから、小中学校非公式同窓会らLINEなるものに入れてもらい、昔の友達の会話を聞いたり(見たり読んだり)、話をしたり(書いたり)していると、それもまた地元言葉になっています。

関西弁です。

三重県は関西か!?問題はありますが、言葉は明らかに関西弁です。
イントネーションも関西で語彙も関西です。
母が兵庫県宝塚出身という事もあり、ゆで卵のことを「煮抜き」と言ったりします。
疲れたという意味で「えらい」と言ったりします。
そらもうぜんぜんちゃうんです。

地元言葉を使うと体が変わります。
どう変わるか上手く言えませんが、変わるのは確実です。
関東に来たのが1977年ですから、もうすでに50年近く関東の言葉を話ていますが、やっぱり体のそこには地元の言葉、四日市弁が出て来ます。
しかも四日市弁でも桑名に近い側の、富田浜弁が少しはいっていたりします。
ま、これはぜんぜんわからんやろけどね。

少し体のどこかが柔らかくなるような感覚があります。
自分の芯が少し変質するような感覚です。
どういう感じなのか、しばらく考えて見たいと思います。
ま、どおでもええことやけど。

セラピストのための体の使い方 @ここからいふ広場

読了までの目安時間:約 3分

宇都宮市雀宮にある「ここからいふ広場」で、和ごころ式セラピー上級コースを受講している皆さんに、体の使い方講座をやって来ました。
和ごころ式セラピーはクラニオをベースに、体全体を整えるセラピストを育成している講座です。
主宰の上田さんとは同じ先生からクラニオを学んだ仲で、東日本大震災のボランディアでもご一緒させて頂きました。

家庭で家族のために
周りの人のために
自立した女性として活躍するために

上田さんは助産師という自身の特性を活かして、後進の指導をされています。
また、ここからいふ広場は人の集まる場としての活動も行われています。

ここからいふ広場 FBページ >>> https://www.facebook.com/cocokalife/?locale=ja_JP

今日の講座は上級コースの皆さんなので、何度かご一緒して解剖学やアレクサンダーテクニークを受けていただいた方々です。
自分の体の感覚を思い出す事をテーマに1日過ごしました。

知らないうちにやってしまっている、やらなくても良いかもしれない習慣を、自分で観察して見つけて、やめてみる。

言葉で言うのは簡単ですが、なかなか環簡単にはいかないものです。
今日は「マイルール」という言葉が印象的でした。
クラニオをやっている時に、上手くいかない部位や姿勢があると言われた方に、アレクサンダーをやってみました。
知らず知らずのうちに、”この格好が決まり”みたいな、自分が作ったルール(マイルール)に縛られていた事に気がついたようです。
こうしなければいけない、というほどには思っていなくても、普通はこうする、こうなってしまうと思っている事が、実はそうしなくても良い事だったりします。

気がついて変えてみると、なぁ〜んだこれで良いのか。

と思ったりします。
そう、それで良いんです。
今日はそこに気が付く練習でした。
お疲れ様でした。
また、伺います。


人に触れる勉強をしていますが、いつもと違う触れ方やいつもと違う部位に触れると、自分がいつもと変わります。
そこに気が付く練習をしてみました。


ここからいふ広場

ここからいふ広場

ここからいふ広場

ここからいふ広場

映画

読了までの目安時間:約 2分

患者さんと映画の話をする事があります。
あの映画観ましたか?とか、あれは面白かったですねとか。
最近、気になっているのは、映画を家で観る人が増えているということです。
それが気に入らないという事ではありません。
ただ、自分にとって映画は大画面で観るもので、家のモニターで観るのは映画ではなくて、何というかテレビ。
です。
テレビ画面(モニター)で観る映画は映画とは認識出来ないんですよね。
どうしてだか分かりませんが。

サイズが違い過ぎるんだろうと思います。
たぶん映画は映画館のサイズで観られるように撮られているのではないかと思います。
だから、サイズ感がどうも合わないような気がするのかもしれません。
逆に映画館でこれはテレビで観る方が観やすいと思う映画もあります。
テレビのドラマが映画になったような作品はそう思う事があります。

今年はまだあまり観てません。

マリの話
漫才協会 THE MOVIE
オッペンハイマー

映画らしいのはマリの話とオッペンハイマー。
この中では漫才協会が好きかな。

神楽坂ダンス学校 5月 @セッションハウス

読了までの目安時間:約 2分

毎年連休に開催される【神楽坂ダンス学校】に参加する事にした。

今年は平原慎太郎さんのクラス。
「即興からの旅/シアターテクニック」という副題がついている。
昨年11月も森下スタジオで行われた、平原さんのシアターテクニックがテーマのワークショップに参加しました。
前回はたんツテアターやシアターテクニックの解説があり、その実践もあって、最終的にはグループ分けして作品を創るというところまで行った。
作品と言うより、グループに分かれて創作の過程を共有したものを、人前で発表するという機会だった。
だって、確か個人の動きを創るのに15分くらいで、あと15分だか20分だかで話をして構成して動きの確認して発表だかだったので、創作とまではいかないまでも、発表自体が創作になっているような場になっていました。

空恐ろしいいような胸踊るような体験でしたね。

今回はどうしようか随分考えましたけど、参加する事にしました。
2月末に母と同居する事になり、1ヶ月少し経って少し落ち着いてきました。
まだまだ病院のことや介護のことなど、手続き途中のようなところもありますが、一応は落ち着いて生活が出来始めているという段階になったので、そろそろ自分も落ち着こうかと。

後から思えばさすがに2月3月は少しアタフタしてました。
4月に入って少し深呼吸出来るようになった感じです。
楽しみです。

神楽坂ダンス学校5月 >>> https://session-house.net/dance_school2024-5.html

” processing and tuning “

読了までの目安時間:約 4分

" processing and tuning "を観てきた。

ダンサー 仁田晶凱(にたあきよし)さん
ジャグラー 目黒陽介さん
小説家・デザイナー 山本浩貴さん

三人による公演でした。
素敵な作品でした。
仁田さんのダンスは以前”シシオドシ組曲”を観たが、その時の印象とは違い新鮮で不思議で安心で納得の時間空間でした。
シシオドシの時の仁田さんは洗練された体が作り出す美しく儚く力強い動きを全面的にコントロールしながら、現代音楽の生演奏で動いていました。
今回はダンス作品というジャンルからはみ出て、試みの世界観を見せてくれました。

仁田さんには演出意図があり、それが具体化されたんだろうと思う。
リハーサルは打ち合わせの時間が多く取られ、話し合いの中で少しずつピースが出来てきたような事をおっしゃっていました。
だから、三人三様の仕方で、それぞれの共通する今回の世界観や雰囲気や意図や方向に向かっていたように思います。

それとは別に私が感じたのは、今回の公演は、今の時代・現代を表象しているように感じました。
創ろうとして出来たのではないと思いますが、今までのダンスや劇やジャグリングや芝居や公演や作品を、意図的に分解し解体して、再構築していっているような印象を受けました。
それが端的に現れている部分もあり、また全体がそうなっているような気がしました。
似たようなアプローチの作品の”部分”は観た事がありましたが、全体を眺めてそれが思われる作品に出会ったのは始めてでした。

このスタイルとかこの演出とかこの構造と言えませんが、そういうアプローチが今の時代を見ているようでもありました。
完成されていると思われていたものが、実はそうでなくても成立する可能性がある。
今までとは違う組み合わせや取り合わせもあるみたいな事で、新しい業態や方法や制度が試行錯誤されている。
processing and tuning という題名がそれを表しているんだろうかと、終わってからグーグル翻訳で意味を知って思いました。

なんちゃって。
帰り道にいろいろ考えました。
考えながらニヤニヤ出来るのは、好きな作品で良い作品だなと思います。
仁田さんのダンスはやっぱり洗練されていてクリアで雑味がない。
格好良いなぁと思います。
目黒さんは声が素敵でした。
ジャグリングが本業との事でしたが、声の仕事もやってるのかと。
山本さんの紡ぎ出す言葉は、言葉の持っている意味だけでない世界を見せてくれました。
テキストが生身の人間と対峙していました。

4月14日までやっているそうです。
三鷹の駅から3分のSCOOLという場所です。
時間がある人は観ると良いですよ。

processing and tuning >>> https://scool.jp/event/20240409/


" processing and tuning "

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