【5つの言葉の物語】
入院していた友人を見舞ったときに宿題を出された事がある。
「5つの言葉を渡すから、それでお話を作って。」と言うものだった。
その時に作ったのが「5つの言葉の物語」。
暇つぶしに、妄想のタネに、もっと暇なら続きを考えて下さい。
5つの言葉は文章の後に書いておきます。
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【 5つの言葉の物語 】
「もう終わり?」
普段ならそのまま後ろを通り抜けて帰るはずが、デスクの上を片付けている純子に声をかけたのは何故だったのか。
長田は自分のかけた声に少し驚いた。
「えっ。」
と振り向いた純子。
「あっああ、ああいや。 何か話があるって。。。」
「そんなこと言いましたっけ。」
「あ や。」
「何、言ってんすか。 セクハラって言われますよ。」
「ええぇ〜そりゃないよ。ちょっと待ってよ。」
「待ってじゃないすよ。 ジョウダンです。別に。あれですけど。なら お茶とかします?」
違ったっけか、まあいいか。
にしてもセクハラとか言われると固まる。
長田は急に重たい粘土みたいに固まって来た脚に気がついていた。
最近の若いのは分からん。
本気なのかそうでもないのか。
「あ、じゃあれだ、あそこに出来た立ち飲みのシャンペン飲ませる店とか?」
と長田。
「え 飲み、ですか?」
「あ や。」
「あそこ。 結構イイすよ。」
「え、もう行ったの?」
「トーゼン。」
何だろう長田さん
話でもあるんだろうか?
まあ今日は一杯飲みたい気分だし、ここは奢って貰っちゃおうかな。
入社5年目にして純子は10年以上先輩の長田を、手の平の上で眺めている気分だった。
「ツンドラお願いします。」
カウンター越しにバーテンに声をかけたのは純子だった。
「え 何それ。」
「お・つ・ま・み・です。」
「何?」
「だからおつまみ。 チョコですけど。」
「ああチョコね。 シャンペンは?」
「もうさっき頼みましたけど、先輩奢りで。」
「あ や。」
「へへへ。」
後藤純子は 某百貨店の商品管理部門で働いている。
長田は同じ百貨店の経理。
部門は違うが同じフロアの端と端に机がある。
以前、ひょんなことから話をするようになり、たまに休憩室で顔を合わせたりする。
数人のグループで飲みに行く事はあっても、今日のように2人と言うのは珍しい。
「長田さんは海外出張とか行ったことあります?」
「いやないよ。
「えっ ないんですか?」
「無いよだってバブルじゃないんだから経理は行かないでしょ。」
「えだって昔は行ったとか聞きましたよ。 米国視察とか言っちゃって。」
「あああ、でもさ、もはやそう言う時代じゃ無いよ。」
「そっかぁ。」
その時だった。
「そう言う時代じゃ無いよね。」
2人から少し離れたカウンターの向こうから声が掛かった。
長田と純子は一瞬顔を合わせ、同時にその男性に顔を向けた。
「あ や。」
「えっ。」
「ああごめんごめん申し訳ない。つい話が耳に入ってね。」
話を始めたのは60がらみの男性。
いつ入って来たのか、1人で宙を眺めながらシャンペングラスの細い脚を持っていた。
何してる人だろう、と純子は思った。
「バブルの頃はさ、そう言うのあったんだよね。なんだか色々な所に連れて行って貰って。」
「凄かったんですよね。バブル。 うちの商品部の人も言ってました。」
純子が好奇心を目玉の中に燃やしながら聞き始めた。
「凄いっつったって、面白くは無いよ。ただ何か活気はあったけどね。」
「活気って、どんなですか?」
「どんなって言ってもね、何もしなくても何かをやっても売り上げは伸びた。何だって良かったんだよね。」
「へ〜 何か売ってたんですか?」
「まあね。」
「えええぇ イイ なぁ。」
「良か無いよ。」
「そうかなぁ。 長田さんはどう思う?」
「ああそのお兄ちゃんなら、まだつめえりだった頃でしょう。」
「あ や。 うち高校はジャケットとスラックスだったんで。」
「長田さんそう言う話じゃないから。」
何だろうこの人。
長田はちょっと苦手な感じだった。
親の年代でもないし、かと言って兄弟の年でもない。
しいて言えば部長か。
「お名前は何とおっしゃるんですか?」
「おっしゃるってほどでもないけどね。 時沼って言います。」
「えっ。 トキヌマさん。。。」
純子の目が開いたまま。
口が半開きになっている。
「そうだけど何か?」
「あ、いや、あの。」
「どうしたの?」
「ひょっとしてサスケさん? 猿飛佐助の佐助さん?ですか。」
「そうだけど。」
「時沼佐助さん。 あの私、後藤純子です。」
「 えっ。」
一瞬時間が止まった。
今度は時沼の顔が白黒写真みたいに陰影を増した。
「いつも父から聞いていました。 大学時代に猿飛佐助の佐助と同じ名前の奴がいて、それがまた時沼って変わった名前で。って。 」
「後藤って。」
「ええ日南大学空手部の後藤です。」
「ええそうなの。」
「はい。それにしても今日、こんな所で会えるなんて。 」
「こんな所ってこともないけどね。」
「脱サラしたとは聞いてましたけど、そうだったんですね。」
「まあね。 」
時沼は後藤純子の父の同級生だった。
珍しいこともある。
いやさほど珍しいことでもないのかもしれない。
それにしても、どうして今日は純子に声を掛けたんだろう。
長田は時沼と純子が話込んでいるのを横目で聞きながら、考えていた。
もう一杯飲んでいくか。
(おしまい。)
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5つの言葉
・粘土
・ツンドラ
・米国
・もはや
・つめえり